東京高等裁判所 平成10年(行ケ)202号 判決 1999年4月13日
主文
特許庁が平成三年審判第一七二二二号事件について平成一〇年五月一一日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
理由
第一 請求の原因一、二の事実は当事者間に争いがない。
第二 審決の取消事由について判断する。
一 取消事由一について
(一) 旧社の商標としての「VAN・JAC・」商標の著名性について検討する。
甲第四ないし第八、第一二、第三一号証によれば、旧社ないし昭和四九年に旧社に合併された株式会社ヴァンヂャケットは、服飾関係の会社であったが、昭和三〇年代後半にアイビールックの流行をひき起こし、「アイビーのVAN」などと呼ばれて若者に非常に人気があり、昭和四九ないし五一年ころには三〇〇億円以上の年商を売り上げていたが、その商品であるジャケット、トレーナー、シャツ等の多くには、別紙(三)ないし(六)商標や「VAN/・JAC・」商標が付されていたこと、旧社と日本製靴株式会社と提携して、「VAN/・JAC・」商標の下に「REGAL」商標を付した靴が販売され、昭和四〇年ころには爆発的な売れ行きを示したことを認めることができる。そして、以上の事実に、別紙(三)ないし(六)商標は、その大きな部分を占める「VAN/・JAC・」商標が極めて人目を引くものであることを総合すると、昭和五一年ころには、「VAN/・JAC・」商標は、旧社の商標として、ファッション関係の取引者、需要者の間で非常に著名なものであったことを認めることができる。
(二) 旧社から原告への「VAN/・JAC・」商標の譲渡の事実について検討する。
甲第五、第七、第九号証、第一〇号証の一、二、第一一、第一四号証、第三九、第四〇号証の各一、二及び弁論の全趣旨によれば、旧社は昭和五三年四月六日に倒産し、同年一〇月一二日に破産宣告を受けたところ、原告は旧社破産管財人から、昭和五六年二月六日に「VAN/・JAC・」商標に係る商標権の譲渡を受けたことを認めることができる。なお、被告は、上記譲渡契約書には、「VAN/・JAC・」商標が記載されていないとして、「VAN/・JAC・」商標に係る商標権は上記譲渡により譲渡されていない旨主張するけれども、甲第九号証、第一〇号証の一、二、第一一、第一四号証、第三九、第四〇号証の各一、二及び弁論の全趣旨によれば、「VAN/・JAC・」商標の外観を有する登録商標は存在しておらず、旧社は、指定商品を商品区分一七類とする「VANJAC for the young and the young-at-heart」、同一九類ないし二五類、三六類とする「VANJAC」ないし「VAN JAC.」の登録商標権を有していたこと、上記譲渡契約に先立って、昭和五五年一〇月一日に旧社破産管財人と株式会社ヴァンジャケット新社設立準備委員長早川和夫との間で、「乙(判決注・早川和夫を指す。)は、株式会社ヴァンジャケット新社(以下丙という)の設立手続を早急に行なう。」、「甲(判決注・旧社破産管財人を指す。)は丙に対し甲の所有する商標権・・・のすべて及びそれに伴う一切の商権を譲渡することを確約する。」、「上記譲渡の価格は・・・金一億円とする。」との覚書が交わされていること、前記譲渡契約書には、旧社破産管財人が原告(当時の商号は株式会社ヴァンジャケット新社・代表取締役早川和夫)に対し、「左記商標権・・・並びにそれに伴う商権の一切を・・・譲渡することを約し、乙(判決注・原告を指す。)はその対価として甲(判決注・旧社破産管財人を指す。)に金壱億円也を支拂うことを約する。」、「記 (一) 登録商標別紙一の一乃至一〇記載の三六七件 (二) 出願公告決定のあった商標 別紙二記載の二四件 (三) 未だ公告決定を経ない出願中の商標 別紙三の一及び二記載の六三件」とし、別紙として指定商品を商品区分一七類とし、その文言が別紙(三)、(四)、(六)商標のそれと極めて類似する登録商標である「VANJAC for the young and the young-at-heart」、同一九類ないし二五類、三六類とする登録商標である「VANJAC」ないし「VAN JAC.」商標が記載されていること、旧社破産管財人は前記譲渡契約書を添付(ただし、別紙は添付されていない。)した許可申請書により前記譲渡契約について裁判所の許可を得ていること及び旧社破産管財人も原告も共に、「VAN/・JAC・」商標に係る商標権は前記譲渡契約により原告に譲渡されたと認識していることが認められ、以上の事実によれば、「VAN/・JAC・」商標は、上記譲渡契約によって、破産裁判所の許可を得た旧社破産管財人から原告に譲渡された事実を認めることができるものである。
(三) 原告の商標としての「VAN/・JAC・」商標の著名性について検討する。
ア 甲第一二号証、第三五号証の一ないし五によれば、「Hot Dog PRESS」(昭和五六年八月一〇日株式会社講談社発行)には、「いまこそVAN精神を学びたい!」(表紙)、「VANが再建されるという。兄貴たちから伝説のように聞かされたあのVANが帰ってくるのだ。アイビー・シーンがどう変わるのか、ドキドキ」(六六頁)、「七八年四月六日。VANがなんと五〇〇億円もの負債を抱えて倒産した日である。「そうか、もう、あの見慣れた“VAN”の三つ文字を見ることもなくなってしまうのか」・・・が、現実はそうはならなかった。倒産の翌年の七九年一月には、青山通りにヤタラとVANの袋を持った連中が出現していたのだ。・・・組合の力で、・・・在庫処分というスタイルでVANの商品を売り始めたのだ。さらに三月には組合が母体となって生まれたヴァン・カンパニーがケント・ショップをオープン・・・その後もヴァン・カンパニー系列の店は次々と増え・・・現在は全国で堂々八店が開業するまでになった。そして、ご存じのとおり、遂にヴァン・ヂャケットも再建された・・・ヴァン・カンパニーや全国のメンズ・ショップに新生VANの商品が並ぶ日も近いようだ。
この原宿ヴァン・ショップは、・・・店内には・・・旧VANの商品があふれている」(六六頁)として、「VAN/・JAC・」商標を使用した商品であるシャツやファッション雑貨の写真が掲載され、更に「上記以外のヴァン&ケントショップ 札幌・・・仙台・・・静岡・・・名古屋・・・大阪・・・福岡」(六七頁)と記載されていること、株式会社ヴァンカンパニーは、第一期(昭和五四年一一月一六日から昭和五五年一〇月三一日まで)には、四億八〇〇〇万円余、第二期(昭和五五年一一月一日から昭和五六年六月三〇日まで)には六億二〇〇〇万円余、第三期(昭和五六年七月一日から昭和五七年六月三〇日まで)には、一二億六〇〇〇万円余、これに続く第四期(昭和五七年七月一日から昭和五八年六月三〇日まで)、第五期(昭和五八年七月一日から昭和五九年六月三〇日まで)にはいずれも約一四億円程度の売上高があったことを認めることができる。
なお、株式会社ヴァンカンパニーの上記売上のうち、「VAN/・JAC・」商標を使用した商品の売上高の比率を記載した証拠はないけれども、上記認定事実によれば、「VAN/・JAC・」商標が付されている商品は同社の主力商品であって、その売上は、上記売上高のうちの相当部分を占めていることを容易に推認することができるところである。
イ 甲第一八号証によれば、「別冊Hot Dog PRESS FASHION SPECIAL 石津謙介のNEW IVY BOOK」(昭和五八年一〇月一〇日株式会社講談社発行)には、「ホットドッグ・プレスの読者ファッション・アンケートで、最も好き、最も買いたいブランドのナンバー・ワンの座をしめたVAN。再びよみがえったVAN、そんなVANに敬意をこめて、この四ページを構成しました。」(一九四頁)として、同頁から一九七頁まで「VAN/・JAC・」商標を使用した旧社の広告や、別紙(五)商標を付した原告のブレザーを「VANのエンブレム付きフラノ・ブレザー」等と紹介する記載があることを認めることができる。
ウ 甲第二六号証の一、二、第四一号証の一ないし四によれば、原告は、昭和五五年一二月三日から昭和五六年一一月三〇日までは約二億六〇〇〇万円、昭和五六年一二月一日から昭和五七年一一月三〇日までは八億七〇〇〇万円、昭和五七年一二月一日から昭和五八年七月三〇日までは六億四〇〇〇万円、昭和五八年八月一日から昭和五九年七月三一日までは一一億六〇〇〇万円をそれぞれ超える売上高があったこと、昭和五八、九年ころの原告の製造する商品の多くには、「VAN/・JAC・」商標が使用されていたことを認めることができる。
エ 甲第一三号証の一ないし三、第二〇号証の一、三、五ないし七、第二一号証の一ないし三によれば、旧社の「VAN/・JAC・」商標と同様の顧客吸引力を期待して、原告との間で原告の製造する「VAN/・JAC・」商標を付した商品の特約小売店舗契約をする小売業者も少なくなく、その数は、昭和五八年七月三一日には日本各地に数十業者にのぼり、これらの業者が特約料として原告に預託していた金額は一億五〇〇〇万円であったことを認めることができる。
オ 以上の事実によれば、旧社破産後も、「VAN/・JAC・」商標は、なお旧社の商標として著名であって、これを付した商品は強い顧客吸引力を有しており、原告がこれを前記譲渡契約によって譲り受けて使用したことによって、一般の取引者、需要者は、原告を旧社が再建された会社ないし旧社を継承する会社と認識し、原告の製造する「VAN/・JAC・」商標を付した商品について、最も買いたいブランドと考える需要者が多数現れ、また、「VAN/・JAC・」商標を付した商品の顧客吸引力に期待して特約小売店舗となる業者が数十業者にのぼるなどの状況であったことを認めることができる。したがって、以上の事実によれば、「VAN/・JAC・」商標は、本件商標の出願時には、原告の商標として著名であったものと認めることができるものである。
もっとも、前記認定に係る本件商標の出願時における原告の売上高は、旧社のそれと比較して相当少ないものというべきであるけれども、「VAN/・JAC・」商標は、旧社の倒産、破産後もなお著名であり、一般の取引者、需要者は、原告を旧社が再建された会社ないし旧社を継承する会社と認識したのであるから、原告の売上高が前記認定の程度であることは、「VAN/・JAC・」商標は、本件商標の出願時には、原告の商標として著名であったとの前記認定を左右するものではない。
(四) 「VAN/・JAC・」商標と本件商標の類似性及び両者の指定商品の関連性等について検討する。
ア 甲第一、第六ないし第八、第一一、第一二、第一六ないし第一九号証によれば、「VAN/・JAC・」商標は、ローマ字等を二段に書いてなるものであるところ、上段の「VAN」と下段の「・JAC・」との大きさの比率は、その使用態様によって若干の差はあるものの、いずれも別紙(三)ないし(六)商標における「VAN」と「・JAC・」との大きさの比率と同じ程度であることが認められる。そうすると、「VAN/・JAC・」商標においては、「VAN」が「・JAC・」よりも相当に大きいものであるというべきであり、「VAN」と「・JAC・」の間には、これを続けて読まなければならない必然性も認められないから、「VAN/・JAC・」商標からは、「バン」ないし「ヴァン」の呼称が生じるものというべきである。
甲第八号証によれば、「VAN/・JAC・」商標を付した商品について、「・JAC・」が識別できないような状態の写真として掲載されたり(九四頁の五の写真)、「・JAC・」が省略されたイラストとして表現されることもある(一〇三頁のイラスト)ことが認められる。また、別紙(五)商標を「VANのエンブレム」と称することは、前記認定のとおりであるところ、更に、甲第三一号証によれば、「VAN/・JAC・」商標の下に「REGAL」商標を付した商標を「VAN―REGAL」と呼ぶことが認められる。以上の事実によれば、「VAN/・JAC・」商標は、取引の実情においても「VAN」と観念され、「バン」ないし「ヴァン」と称呼されることがあることを認めることができる。
一方、本件商標からも、「VAN」の観念と「バン」ないし「ヴァン」の称呼が生じることは明らかである。
イ 「VAN/・JAC・」商標は、その大きな部分を占める「VAN」の文字に切れ目が入っているという点で特徴のあるものである。一方、本件商標の「VAN」の文字にも、「VAN/・JAC・」商標と同じ箇所に切れ目が入っている。
ウ 本件商標の指定商品のうち、はき物は、ファッションの一部として扱われることが多いことは当裁判所に顕著な事実であるから、これとジャケット、トレーナー、シャツ等の衣料品とは関係の深い商品というべきである。また、かつて、旧社と日本製靴株式会社が提携して、「VAN/・JAC・」商標の下に「REGAL」商標を付した靴が販売されて昭和四〇年ころには爆発的な売れ行きを示したことがあることも前記(一)の認定のとおりである。
エ 甲第三四号証の一ないし三によれば、平成八年ころ、本件商標ないし「VAN」商標を付したデッキシューズについて、株式会社ダイエーの販促部の担当者は、原告の業務に係る商品であると、その出所を混同し、ダイエーのチラシの上記デッキシューズの部分に「VAN/・JAC・」商標を付して広告したことが認められる。なお、上記出所の混同の事実は、本件商標の出願時よりも後の出来事であるけれども、本件商標の出願時から平成八年までの間に、本件商標について原告ないし関連会社等原告と何らかの関係のある者の業務に係る商品と出所の混同を生じるおそれが新たに発生したと認めるに足りる証拠のない本件においても、上記出所の混同の事実から、本件商標の出願時の取引の実情を推認することができるものである。
(五) 前記(一)、(三)及び(四)の認定事実によれば、本件商標の出願時において、本件商標をその指定商品のうち、はき物に使用するときは、一般の取引者、需要者は、原告ないし関連会社等原告と何らかの関係のある者の業務に係る商品と混同を生じるおそれがあったものというべきである。
(六) もっとも、被告は、昭和三五年に紳士用の製靴店を開業してまもなく、その取扱に係る靴に使用する商標として旧連合商標を被告の取扱に係る靴に使用し、その広告を業界新聞に掲載したり、雑誌記事に取り上げられたりしていたから、上記商標は、靴業界や靴の取引者、取引者に広く知られており、したがって、被告が本件商標をその指定商品について使用しても、商品の出所について混同を生じるおそれはない旨主張するので、検討する。
乙第五、第九、第一一ないし一六号証によれば、被告は、昭和三八年から旧連合商標(ただし、旧連合商標は、「VAN」の「V」の字が大きく書されたものであり、各ローマ字に切れ目はない。)の商標権者であり、遅くとも昭和四九年には個人で製靴業を営んでおり(ただし、その規模が大きいものであることを認めるに足りる証拠はない。)、遅くとも昭和五二年にはその屋号をヴァンシューズと称していたこと、被告ないしヴァンシューズ株式会社(ただし、このような名称の会社が実在すると認めるに足りる証拠はない。)は、昭和四九年から五三年一月一日ころにかけて、上段に本件商標(ただし、昭和四九年のものは、「VAN」のローマ字に切れ目はない。)を大きく書き、下段に「SHOES」を小さく書いた商標を用いて、業界新聞「シューズタイムス」に数回、「Checkmate」(株式会社講談社発行)に一回広告をしたものの、そのうち業界新聞にした広告のうちの一回を除いたほかは、「ヴァンシューズ」ないし「ヴァン・シューズ株式会社」名義を使用したものであることが認められる。しかし、以上の事実をもって、本件商標が旧社とは関係のない商標として靴の取引者、需要者に広く知られていたことの証左とすることは到底できない。かえって、前記(一)の認定に係る旧社の売上高及び「VAN/・JAC・」商標の著名性に照らせば、被告の上記広告ないし本件商標の使用は、旧社の業務に係る商品と出所の混同を生じさせるものということができるところである。
なお、乙第三号証には、被告が昭和三八年に「バアン製靴所」の屋号で、乙第四号証には、被告が昭和四八年に、「バンシューズ」の屋号で大阪靴メーカー協同組合の組合員であったかのような記載があるが、乙第三号証の被告の名前は抹消され、乙第四号証の被告の名前は他の組合員と異なり手書きされており、これをもって、被告が昭和三八年ころから一貫して「ヴァンシューズ」の屋号で製靴業をしていたと認めることはできず、まして、本件商標が旧社とは関係のない商標として靴の取引者、需要者に広く知られていたことの証左とすることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、被告の主張は理由がない。
(七) また、以上の認定に用いた証拠及び甲第二〇号証の二、四、七、八、第二一号証の四、五、第二二号証の一、第四一号証の五ないし七によれば、本件商標の登録査定時においても、本件商標をその指定商品のうち、はき物に使用するときは、一般の取引者、需要者は、原告ないし関連会社等原告と何らかの関係のある者の業務に係る商品と混同を生じるおそれがあったものと認めることができる。
二 以上のとおり、本件商標は、原告ないし関連会社等原告と何らかの関係のある者の業務に係る商品と混同を生じるおそれがある商標であるにもかかわらず、審決は、そのおそれがないと誤認した違法があるところ、その誤りは、本件商標は商標法四条一項一五号に違反して登録されたものとはいえないとした審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
第三 よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日・平成一一年三月二日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸 充)